一歩、一歩と俺は土を踏みしめる。 登山靴はすでに埃だらけだ。 天候は晴れ、微風。燕山荘から大天井岳までの稜線は快適であった。 しかし俺の心は晴れていない。 10日前、この稜線で俺の友人、緒田は滑落事故で死んだ。 実は一緒に槍ヶ岳へ登ることになっていたのだが、俺は仕事が急に入りキャンセルせざるを得なくなった。 仕方なく緒田は一人で登り、そして死んだ。 俺は仕事場でそれを聞いたとき信じられなかった。 緒田は山に慣れていた。特にこの北アルプスには。緒田は年に5・6度も山に登っていたのだ。 その緒田が危険でもないところで滑落したと言うのだ。 その日はもう一件事故が起きている。 緒田の事故現場の側で23歳の女性が同じように滑落事故で死んでいるのだ。 警察ももちろん疑ってかかってくれた。そして一時は容疑者、西野という若い男も捕まった。しかし結局は証拠不十分で釈放。 当日は風が強かったということで、単なる事故として片づけられてしまった。 確かにその日は風が強かった。しかし人が、それもベテランの人間が落ちるような風ではなかった。 特に今回の日程は家族連れでも、ある程度の体力さえあれば無理の無いコースである。 更に言えば、緒田はこのコースを何度となく、そして嵐の時でさえ歩いていたことがある人間だった。 だからこのコース自体を良く知っていたし危険なところも良く知っていた。 どう考えても緒田が単純な事故で滑落したとは思えないのだ。 俺は考えた挙げ句緒田の滑落場所、そして女性の落ちた場所のあるコースを自分の足で確かめてみたくなった。 そうすれば自分で納得できるような答えを見つけられるかもしれないと思ったのだ。 必要最小限の物をドリルザックにつめた。そして中房温泉から山に入り、昨夜は燕山荘に一泊した。 ザックには二つの花束が括りつけてあった。ザックの中には線香とワイン。 多少思いが無二の親友のためである。 そして今日、他の人たちが出発した後、ゆっくりと大天井岳へ向けて出発した。 昨日はあまりいい天気ではなかったが、今日は良く晴れ上がっている。 雲一つ無い青く澄み渡った空。気持ち良く頬を伝う風。 40分くらい歩いただろうか、女性の滑落場所につく。 花束を置き線香をつけて拝む。 すぐ下にはどこまでも続きそうな急斜面である。 ふと目を下に降ろすと青い糸くずが岩の間に挟まっている。 何となく気になってそれを採ると俺はポケットに入れた。 立ち上がって歩き出そうとして後ろに誰かがいるような気がした。 しかし人の姿はなく、くっきりと山々が連なっている。 「気のせいか」と思いふたたび歩き出す。 そこから更に10分ほど歩いたところが緒田の滑落場所だった。 ……別に何も無い……だからおかしいのだ。 下を覗き込んで後ろからでも押されない限り落ちることはまず無いだろう。 静かに花束を添え線香をつける 突然涙が溢れてくるのがわかった…… 緒田とは高校1年の頃からの付き合いだった。 共に1年浪人し大学を卒業。俺はバス会社、緒田は旅行代理店に就職。別の道を進むことになったが付き合いはそれからもずっと続いた。 別の道に入ってから3年目、奴はここで死んだ。 俺の両親は既に2人とも死んでしまっていたが、病気だったのでそれほど大きなショックを受けることはなかった。 しかし緒田の死は突然俺を襲った。 何の前触れもなく…… ゆっくりとワインのコルクを抜き、周りの地面に撒きはじめる。 緒田は俺よりも頭も顔も数段良く、心の方もずっと広かった。 そんな人間が俺より先に死んでしまうなんて…… 世の中ってもんは何が起こるかわからないものだ。 フッと肩の力を抜くと最後の一滴を岩の上に落とした。 ……そして、おやっと思った。 高山植物の一種が踏みにじられているのだ。 誰かが踏んだのかとも思ったがコースから数メートルはずれている。 といって、高山植物を持ち帰る奴はいても踏みにじる奴もいないだろう。 すると……どういうことになるんだ? 少し考え込んでもう一度下を見ると、そのすぐ横には何かを引きずったような跡がある。 しゃがみこんでよく見るが解決にはならない。 しかしそのすぐ横には青い糸くずが岩の下敷きになっている。 岩を少しだけ動かしてその糸くずを取る。 どこにでもあるような糸だが、さっきの糸と比較してみる。 色、ナイロン生地、、汚れの度合いから言って間違いなく同じ物からちぎれたものだろう。 すると……やはり誰かが緒田を、そして若い女性をも突き落とした! しかし……何のために? ガサッという音が後ろで鳴る。 すぐに石を踏んだ音だと気づいて後ろを向いたが、少し遅かった。 目の前に顔がある。紛れも無くそれは西野の顔だった。 西野の手が巻き付いてくる。 人間の意識があるのは首を絞められてから大体30秒だそうだ。 その30秒の間に首を圧迫するもの取り除かなくてはならない。 体が後ろへ倒れる。 何とかして手を解こうと必死にもがくが、取れない! だんだんと意識が遠のいてくる。 その時、「西野っ! やめろ、やめるんだっ!」という声が聞こえた。 ほんの少し相手の力が緩んだ。 俺は最後に残った気力とどこからか湧き出る不思議な力で思いっきり右の拳を繰り出していた。 景色がぐるぐると回る。 そして俺の記憶は途切れた…… それからどれくらいの時間が経ったのだろう。 周りは真っ白な世界だ。 ゆっくりと目を開ける。 白い世界に日が射している。 「天国……か?」 横にいた女性がくすくすと笑っている。 体を持ち上げようとすると…… 「痛い!」 俺は大声を上げた。 「あら、駄目ですよ。まだ体の方は完全じゃないんですから」 横にいる白衣の女性、若い看護婦がにこやかに答える。 どうやら生きてるらしい。 改めてあたりを見回すと、ここは病院の個室で、この女性はここの看護婦のようだ。 しばらく今までのことを聞いていると刑事がノックをして入ってきた。 捜査を担当していた上牧とか言う刑事だ。 「一体どうなったんです?」と聞く俺に上牧刑事は簡単にこれまでのことを話してくれた。 簡単に言うと、証拠不十分の西野をマークしていたら、その西野が山へ登る様子を見せたらしい。 西野は自分が何かミスしていないか心配になったらしい。 そうしたところへ俺とばったり会ってしまい、俺の後をつけていたらしい。特に俺は西野って奴にかなり絡んでいたし。 それで現場で何か気にして探している俺のことを見て「殺さなくては」と思ったという事だった。 実際は俺が逆に殴り飛ばしたそうだが…… もちろん前の女性と緒田のことも認めた。 動機はというと、例の若い女性とのいざこざが原因で突き落としてしまい、それを見た緒田も追いかけていき突き落としたということだった。 人間なんてこんな簡単なことで人を殺してしまうのである。 上牧刑事が出ていくと、入れ替わりに会社の同僚が入ってきた。 「よぉ、飛鳥。大丈夫そうじゃないか?」と気軽に声をかけてくる。 「あ、あぁ」と軽く返事をして 「あいつ、緒田が俺を守ってくれたからね」と答えた。 同僚が不思議そうな顔をしたが、すぐに 「そうかもな」 と俺に合せて返事をした。 しかしあの時の力は……やっぱりあいつしかいない。 緒田が俺に力を与えて守ってくれた。 俺は真剣にそう信じている。 もちろん……今もずっと───── |
この作品は今までより長くなった。そのために眠い! べつに今日やることはないのだが、パートナーの試験も終った(結果は別として)ということで少しはりきってみた作品である。 今回は恋愛をまったくいれていない。 あまり恋愛ばかりだと、まるでそれしか書けないのかと言われかねない。 恋愛をいれると話としては楽になるのだが……とにかくこれからもよろしく! 夢旅人 池馬 白栂 |
さて、ここで出てくるパートナーと言うのが私である。 じゃあこの作者は誰なのかと言うと……誰なんだ?(笑) それにしても、これも今思えば安易な作品である。 警察の捜査がそんなに簡単に終るわけが無い。大体登山コースで場所が近いところで2人も滑落すればある程度捜査だって入る。 だとすれば「糸くず」なんて証拠が警察に見つからないわけが無い。 それと場面の展開がうまく行っていないから、文章の流れを断ち切ってしまってる気がする。 などといまさら昔の作品にけちをつけても仕方ないのでこの辺でやめておこう。 それにしてもこの作品を書くのに全部で2時間10分かかっている。 この頃からもうすでに遅筆だったようだ。 しかしながら……今よりはずっとマシである(爆) |