「しばらくお別れだな……この銀世界とも……」 カタッコトッと列車はレールの継ぎ目を踏み越してゆく。 曇った、窓を手で拭いて真っ暗な、いや、ぼーっと明るい外を眺める。 次々と後ろへ流れていく家の小さな光を見ながら小さくため息をつく。 今、俺は就職先……仲間連中憧れの東京へ向かっている。 手荷物は少し大きめのスポーツバック一つ。 他の荷物、小さなクロゼットやミニコンポぐらいだが、それは先に送っていた。 すでに小さなワンルームを借りてある。 しばらくはそこに住むことになるだろう。 俺はこの土地、北アルプスの麓のスキー場で生まれ、そして育った。 両親は昔から民宿(今は若者向けに改造したが)をやっている。 父親は昔気質の頑固なやつで、ごく最近まで「この仕事を継げ」と言っていた。 逆に母親はいつもやさしく、今回のことでも父親をなだめてくれた。 妹がいて、今は短大の1年、もうすぐ2年だが……なかなかの美人だと言われている。 高校の時から彼氏がいて、すでに彼はここで働いている。 多分ここは妹が継ぐことになるだろう。 俺はこの北アルプスを見て育った……生まれてからずっと…… そして親の後を継ぐとずっと思っていた。 別に民宿をやりたいって訳じゃない。 ただこの地を、この山々と離れたくなかったからだ! 何度となく見、そして登ったこの山々……ずっと好きだった。 でも現実と言うのは皮肉なもので「東京へ出たい」と思うやつらがここに残り、 残りたいと思ってる俺が東京へ行く…… 「すみません。切符を拝見させていただきます」 その声にはっとして現実に戻る。 ベテランの車掌がすぐ横に立っている。 俺は切符を見せながら「俺もこうなるのかな」と感じていた。 俺の就職先は大手の鉄道会社なのだ。 まあ、田舎者の俺にとっては大躍進である。 大学のほうの推薦話がどういう訳か俺に回ってきたのである。 子供の頃からの夢であった仕事につけるのだからラッキーである。 そしてその話は現実になった。 ついさっきまでは一緒にいた家族や仲間のことがふと頭に浮かぶ。 窓の外の見えない山々を見ながら考える。 ほんの少し前まではずっと一緒だったのに、しばらく会えないというのは実感が湧かない。 でも、列車の出る少し前、母親は泣いていた。父親はむすっとして口を閉じたままだった。 妹だけが気軽に声をかけていた。 親しかった仲間、6、7人も集まって、近所のおじさんやおばさんもいた。 夜行列車が入ってくると父親がただ一言「頑張れよ」と声をかけてくれた。 今まではそんな言葉を父親の口から聞いたことはなかった。 男同士で一番親しく、格好もいい達彦がぽんと肩をたたく。 「頑張ってこいよ、途中で帰ってくんじゃねーぞ」 その声に右のこぶしを固めてガッツポーズを作る。 「岳雪さん……元気で…ね……」 涙声で片思いの相手、雪菜さんがいう。 今ごろ片思いじゃなかったなんて気づくとは鈍いやつだと自分自身悔やむ。 手を握って「ああ」とだけ答える。 デッキにあがるとドアが閉まる。 ドアの向こうで雪菜さんが「迎えにきてね……絶対ね……」と叫んでいる。 俺は一つだけ肯くと軽く手を振った。 ……ふと気がつくとすでに家やビルが立ち並んでいる。 どうやらあのまま眠ってしまったらしい。 列車はゆっくりと「新宿」と書かれたホームへすべりこむ。 ホームへ降りると大きく深呼吸をした。 2月……まだ辺りは5時前の暗闇の中である。 それにしては周りが明るい……空から何か舞っている。 「雪……」 うっすらとだが積もってる。 あっちに比べれば暖かいけれども、しっかりと冷え込んでいることは確かだ。 「ようし、やるぞ」 静かなホームに声が響く。 雪とはいい感じである。 雪国の生まれで雪と共に来た俺には幸先のいいスタートだ。 心の中でそう言うとホームを一歩一歩、歩き始めた。 その姿はまさに人生を歩み始めたばかりの旅人であった。 そう……歩み始めたばかりの旅人で─── |
当時のあとがきはありません。 |
思いつき短編の第3弾なのにALPSシリーズでは第2弾。 何でこの当時話が逆転したのかと言えば、理由は簡単。 実はこの次の物語について「少し長くなりそう」と思ったので簡単に書ける方から書いたと言うだけです。 実際にはこの作品ほどルースリーフに収めるのに苦労した作品はありませんでした。 この頃はルースリーフ1枚が基本でしたから、それなりにまとめには苦労してました。 だからと言って、終わり方に疑問を感じる作品が多いのは実力の無さなんでしょうね。 まあ、でもこの作品(ってほど立派じゃないですが)も完全に趣味が覗いてますね。 別に設定なんてどうでもいいところでこだわってますし…… でも、こんなな作品はもう書けない気がする。 |