サヴェッラ大聖堂の酒場。 「なんだよあのブタ王子。儀式のあとから何にも変わっちゃいねえな」 ククールがワイングラスをテーブルに叩きつける。 宿屋の主人が、訝しげにこちらを伺っている。 だが、決して目を合わせようはしない。 「ククール、飲みすぎ。」 誰も止める人がいないので、ゼシカが注意をする。 だが、ゼシカはまるでやる気がない。 指先で、高く結った髪の先を弄り続けている。 「なあエイト、お前本当にこの結婚に賛成してるのか?」 ククールが酒で赤くなった顔を近づける。 エイトはたまらず背を反らし、ゼシカに救いの視線を振る。 だがそのゼシカも、テーブルに肘をついてククールと同じ顔をしている。 追い詰められてヤンガスに助けを求めようとしたが、 ヤンガスも同じ顔で、エイトの答えを待っている。 「俺さき寝る。」 そうっと椅子引いて立ち上がる。 三人の視線がゆっくりと上にずれるのを目の端で確認し、 なるべく後ろを見ないように隣の部屋へと逃げる。 「おい待てよ!」 ククールが椅子を弾き飛ばす音。近づいてくる足音が煩い。 猫のような目が、無遠慮にエイトを追い詰める。 負けるもんかと精一杯睨み返したが、猫がそんなものを気にする訳も無い。 机の上にひょいと座って長い足を組み変える。 その、なんだが落ち着かない空気に負け、エイトもベッドに腰掛けた。 「逃げるなよエイト。姫が好きなんだろ? だいたいお前、自分の気持ちちゃんと伝えたのかよ?」 ククールは卑怯だ。こんな時だけ、教会の神父のような顔をする。 ベッドの上に座ったことを後悔した。 ここでは、ククールに見下ろされる姿勢になってしまう。 表情も汗も仕草も、何も隠すことができない。 「――言ったよ。ラプソーンを倒した日の夜、姫に好きだって伝えた。」 ヤカンが沸騰するように、頭がぼうと熱くなる。 バンダナの上から湯気が立っているのを見られているかと思うと、もう体中が熱くなってきた。 「なんだ。やることはやってたんだな。」 「なんかその台詞、ククールが言うとヤラシイ。」 嫌味をを込めて言ったが、唇の端で笑われた。 「で?」 「ふられた。」 ククールが目を丸くする。 「ラプソーンを倒したっつったって、俺の生まれは変わらない。 身分の差は、どうしようもないんだよ。」 なるほど、煮え切らなかったのはエイトだけでなく姫もだったのか。 それにしてもエイトはまるで引きこもりのだだっ子のようだ。 たった一度振られたくらいでこんなにも拗ねている。 ラプソーンを倒したときの威勢のよさはどこへ行ったか。 まあでもそれも仕方ないのかもしれない。 城に仕えるエイトにとって、上下関係がどれだけ絶対的なものか ククールだって分からないわけではない。 ククールもまた、その上下関係に長い間縛られていたのだ。 「姫の結婚式が終わったら、また、旅に出ようと思ってる。 姫のいないトロデーンには、戻る意味が無いから。 ――なあククール、俺も仲間にしてくれよ。」 その言葉に、エイトと旅した景色が走馬灯のように甦る。 辛かったり切なかったり楽しかったり。 そんな充実した時間をまた過ごせるのなら、とても魅力的な誘いだ。 でも、今のエイトを旅をしたところで、そんな時間が再来するわけではない。 旅の目的が全然違う。 ククールの旅は、人を追いかける旅。エイトは、逃げる旅。 「はっ・・・。だったらサザンビークに行って雇ってもらったらどうだ? 一生姫の傍に居られるぜ。 運がよければ、姫とチャゴスの濡れ場くらい拝めるかもな。」 「ククール!」 エイトがククールの襟をつかんでぐいと引き寄せる。 「黙れ。」 次の言葉をしゃべらせまいと、握った手に力を込め、さらに引き寄せる。 たしかに、まだ少年であるエイトには、こんな話聞くに耐えない。 それでもこれが現実なのだから、教えなければいけない。 ククールは、酷く冷めた瞳で、エイトの手をそっと外した。 「お前さ、姫の言葉を真に受けて、そんな理由で諦めるのかよ。 そんなんじゃ姫の本当の気持ちは分からないだろ。 姫は、自分の生まれに縛られているだけだ。 姫が本当にあの王子との結婚を望んでる訳ないだろ。」 部屋の隅を睨み付けていたエイトの視線が微かに揺れる。 「――しょうがないよ。それも含めて、姫が決めたことなんだ。」 生まれついた血は、変えられない。 ・・・俺の気持ちは伝えたんだ。後は姫が決めることだ。」 そう言いつつも右手は、上着の裾をくしゃりと握っている。 言い訳をしていると、自分で気づいているのだろう。 「それでお前は姫が振り向くのを待ってるっていうのか? 待ってたって、何もおこりゃしないぜ。」 さあもういいだろう。そろそろ覚悟を決めたらどうだ。 腕を組んで、じっとエイトの答えを待つ。 だがこの意地っ張りは、それでも観念しない。 「よく言うよ。自分はマルチェロを引き止めなかった癖に。」 エイトが、ククールの左手を握る。 その手袋の下にあるのは、あの時放り投げられた兄の指輪。 本当にこいつはムカツク。 よりによって、一番触れられたくない事を持ち出しやがった。 こういう時は自分でも情けないくらいに顔が赤くなってしまう。 「マルチェロを探してんだろ?」 反撃に出たつもりなのか、手袋の下の指輪をなぞっている。 ムカツク。 言わないと分からないのかこいつは。 どんなに心の中で叫んでも、それが伝わるはずも無い。 睨み付けて威嚇し、それでも駄目で。 もう随分迷った末に、ようやく、真っ赤になりながら答える。 「――だからだよ。」 今度は、エイトが目を丸くする。 「・・・これでも後悔してんだ。あん時引き止めておけば、って。 だからこうしてお前にしつこく言ってんだよ。」 「ククール・・・」 哀れみだか同情だか知れない声。 顔は直視できないが、見ればきっと辛気臭い顔をしているに違いない。 左手につながったままの邪魔臭いエイトの手。 手袋の下にじんわりと汗が沸いてきて、暑苦しくて振り払う。 もう嫌だ。こんな小芝居やってられるか。 「さあ、明日になれば、姫はあのチャゴス王子と結婚する。 夜には、あんなことやそんなことをする。 エイト、黙って見てるつもりかよ?」 「言うなつっただろこの腐れ神官!」 飛んできたエイトの拳を手の平で受け止める。 そうだ。このくらいのほうが、俺たちには合っている。 「事実だろ?結婚すれば子作りぐらいはするさ。」 手を取られたエイトの蹴りをひらりとかわす。バレバレだ。 あの戦いから日がたって、動きも鈍っている。 「お前が姫をそんな目で見るな!」 「なんだよ、めちゃめちゃ妬いてんじゃん」 ククールの反撃。後ろからの回し蹴り。 エイトは、避けられないまま、まともにそれを食らう。 「ったりめーだ!」 だが次の瞬間、ククールの腹にエイトの拳が入る。 エイトは次の攻撃のためにわざと避けなかったのだ。 ――ち・・・もうカンを取り戻しやがった。 追撃するエイトの肘を避け、軽くフェイント。 呆気なく引っかかったエイトを足をかけて転ばせる。 「わっ・・・」 バランスを崩して倒れたところを上から踏みつける。鈍い悲鳴。 「女一人救えねー奴に負けるかよ」 「言ったなブラコンマゾ」 そうだ。黙って見てなんて居られない。 あの時の自分だったら、迷わず走り出していたはずだ。 あの杖を追いかけて、古代の船を甦らせた。神鳥と共に空をも飛んだ。 ただ一つの目的のため、僅かな可能性を信じて、空と海と大地を駆けた。 なにも迷うことなんて無い。姫の気持ちなんて、後で聞けばいい。 とりあえず浚ってしまえばいい。 そう決めると、心がふわりと軽くなった。 まるで、神鳥の翼を得た時のよう。 心地よい興奮が全身を包み、動かずにはいられない。 ククールににやりと笑い返されて、自分が笑っていたことに気づいた。 なんか、楽しい。 ――夢を信じて生きていけばいいさ―― 「なにやってんのよ二人とも!」 夢中でやり合ってるうちに、ただの取っ組み合いのケンカになっていた。 もちろん、ゼシカが来ていたことにも気づかない。 「男同士のナイショ話。」 ククールがエイトを自分の胸に抱き寄せる。ゼシカが頬を赤く染めた。 「やらしい」 「妬いた?」 「あきれたの。とにかく、もう深夜なんだから静かにしてよね。」 ゼシカが端のベッドに横になる。 しばらくぶりに静まり返った建物に、どこからともなくヤンガスの鼾が響いている。 抱き合ったまま、二人してバツの悪い顔。 目を合わせ、同じ顔をしていた事に気づき、思わずぷっと吹き出した。 ----------------------------------------------------------- なんだこれ?結局クク主?自分で書いてて分からなくなってきた。 BGMは徳永英明さんの「夢を信じて」で。 話の都合により、通常END。 平民のまま姫を浚う方が、ロマンチックだと思うのです。 そういう意味で、通常ENDは良いです。 ただ、通常ENDの主役はむしろトロデ王・・・(泣) だって、結局姫を逃がしたのはトロデ王なんだよ! 「私を連れて逃げて」のシーンっで「いいえ」を選んだときの トロデ王が非常に格好よかったです(^^;)