西の大陸へ行くついでに寄った聖地ゴルド。 ここにマルチェロが来ていると聞いたときから、ククールは何か落ち着かない。 無関心を装っていても、会いたくないと言っていても。 ふとした瞬間に女神像を見上げている。 本当は誰をみているかなんて、バレバレだ。 「そんなに気になるんだったら会いに行けば?」 宿屋の中は巡礼客でいっぱいだった。 高い宿代を払って、案内されたのは外のハンモック。 「冗談。なんでわざわざ俺の方から・・・。」 ここからは星空と女神像がよく見える。 「それもそうだな。よし、連れてくる。」 ククールが、立ち上がったエイトの首根っこを掴む。 「お前人の話聞いてなかったろ。」 「なんだよ。本当は仲直りしたいんだろ?」 仲直り。そんな生易しいもんじゃない。 仲良くなったらなったで、それはまた問題なのだから。 「いってくる。」 「勝手にしろ。」 エイトが宿を出て行った後で、気になって後を追う。 橋を渡ったところで、柱の影で待ち構えていたエイトが姿を表す。 無邪気に笑いやがって。いい事でもしたつもりなんだろう。 「一階の入ってすぐ左行ったとこだって。あの兵士が教えてくれたよ。」 眠たそうに口を大きく開けている兵士が二人。 いかにもマヌケそうなツラをしていた。 見張りの兵を魔法で眠らせて、中へと入る。 寝静まった陰気な神殿。足音だけが響く真っ暗な廊下。 何をやっているんだろう。こんなの、見つかればただでは済まない。 この指輪を奪われる事にだってなりかねない。 そんな危険を冒してまで、会いに行く価値なんてありはしない。 全部、分かりきってることなのに・・・。    ――なんであんな卑しい生まれのものがここにいるんだ――   ――あんなやつが俺より位が上だというのか?冗談じゃない――       ――貴様から命令をされる筋合いは無い――             「出て行け」 ここに居る全員の心の中が読めるような気がしていた。 家柄だけでここに居る人間たちの愚痴がが聞こえる。 馬鹿にしてはいても、要するに怖いのだ。 奴らは、自分が実力で上に来た人間でないことを知っている。 だから、そうでない者を恐れている。 マルチェロの進む先に、神殿の入り口を警備している筈の男が駆けて来る。 「どうした。こんな時間に何事だ。」 「侵入者です。不覚にも眠らされてしまいよくは覚えていないのですが、 我ら騎士団の制服を真似た赤い服を着ておりました。」 見張りが深く頭を下げる。 「よく知らせてくれた。お前は持ち場に戻っていろ。」 「エイト?」 角を曲がったところで、さっきまで追っていたエイトの背中が消えている。 確かに少し離れすぎていたが、エイトだってそれに気づかない訳は無い。 ――嵌められた―― ふと右側の扉を見る。「一階の入ってすぐ左行ったとこ」 その話が本当なら、おそらくこの辺りがあの男の部屋。 ドアノブに手を掛けて、手を離して、また手を掛けて。 そっと開けて、窓一つない真っ暗な部屋に人の気配を探す。 いない。おそらくまだ仕事中なのだろう。 「なにをしている。」 背中からの声に驚いて振り向く。 忘れられない長身が、戸口に立っていた。 「表にいた兵が知らせてくれた。侵入者があったとな。」 机上のランプに火を入れる。 闇を掻き分けるようにして、灯りが広がる。 影を纏った横顔は、少しやつれて見えた。 「もう一度聞く。ここで何をしている?」 「近くまで来たので・・・」 答え終わるのを待たずして殴られた。地面に尻をついて頬を押さえる。 目の前に立ちふさがる兄の両足。この男の前で、ごまかしは効かない。 「あんたに・・・会いに来た。」 「添い寝の相手が欲しいなら、二階に居る司教どもに頼め。」 「俺は、あんたが――!」 「俺にはそんな趣味は無い」 嘘だ。最初に手を出したのは、この男の方なのだ。 その男は、それを無かったことにしようとしている。 俺が、夢でも見ていたかのように・・・。 「それとも、そんなに俺を貶めたいか?」 実の弟と関係を持っているだなんて、マルチェロにとっては致命的なスキャンダル。 マルチェロをここから追い出したい連中にとっては、格好の餌。 「だれかに見つからないうちに出て行け。 ここでの俺の力はまだ弱い。見つかれば、お前を庇い切れない。」 「はっ・・・。俺がここに来たことが知れたら、本当に困るのはあんただろ。」 「分かっているなら、出て行け。」 だから、遠ざける。 自分だって好きなくせに。 「――傍に居させてよ。」 背中に縋る。懐かしい匂い。微かなぬくもり。 だが、返ってきた言葉は至って冷たいものだった。 「私はもう寝る。丁度いい。そこの本を向かいの部屋の書庫に戻しておけ。」 「なんだよ、それ・・・」 「命令だ。」 ふと見ると、机の上には雑然と詰まれた本の山。 読んでいたのだろうか。この量の本を。 その中の一冊。分厚くてカビ臭い本。 その表紙に刻まれた金文字をみて、手が震えた。 「なにこの本・・・なんでこんな本が神殿に・・・!」 題を見ただけで分かる。暗黒神を称える本。 これは間違いなく禁書。こんなものがここにあっていいはずが無い。 「神殿だからだ。貴族どもが隠し持っていたものを没収した。」 「兄貴、これ読んだの?」 「神の教えを説くには、邪神の教えを紐解くことも必要だ。」 その笑みから感じる言いようの無い不安。 信じたいのに、信じ切れない。 「お前が読んでいい本ではない。さっさと片付けろ。」 弟が出て行った部屋。 まるで、最初から自分一人だったかのようだ。 同性愛や近親相姦の罪など、別に怖いわけではない。 だが、あいつはそうやって、俺から全てを奪っていく。 地位も、名誉も、俺自身ですらも。 やはり、殺しておくべきだった。 早くどこかへ行ってくれ。 俺は、お前を殺したくない。 仕方なく、言われたとおりに本を運ぶ。 一冊一冊が分厚く、重い。全部持つと手がちぎれそうだった。 薄ら寒い書庫で、年代順に一冊ずつ本棚に戻していく。 妖しげな題字が並ぶ禁断の書物は、それだけで魔力を秘め、 ひっそりと俺の様子を探っているかのようだ。 ――本のミミックでも出てきそうだ―― 最後に残ったのは、あの時手にとった暗黒神について書かれた本。 栞が挟まれているのがどうしても気になって、恐る恐る開いてみる。 偉大なる暗黒神。その名は尊きラプソーン。 神は人の心の奥底に棲む全ての欲望を肯定された。 人も獣の端くれであるならば、その欲望は自然なるもの。 なにも恐れることは無い。 欲しいものは奪えばよい。 力があるなら使えばよい。 予想通り、無茶苦茶な事が書かれている。一目でわかる危険思想。 この栞を挟んだのはマルチェロだったのだろうか。 マルチェロは、この文を読んで、何を思っただろう。 「読んではいけないと言った筈だ。」 低い声。弾かれるように振り向く。聖堂騎士団団長の制服。 近づいてくる長身。 「兄貴・・・」 射すくめられ、本を手に持ったまま動けない。 無遠慮に近づき、息がかかるほどの距離で俺を見下ろす。 求めてやまなかったその手が、俺の首にかかる。 「なんで・・・」 息苦しい。殺される。 ――ヤバイだろ。こんなとこ、誰かに見られたら―― 馬鹿らしい。こんな状況になってまで、なにを心配しているのだろう。 俺が死んだら、マルチェロは殺人者。 もうこの神殿には居られない。さまあ見ろ。 「ククールから手を離せ」 首元の手が微かに緩み、ひゅっと喉に空気が通る。 掠れた目で声のした方向を見ると、エイトが剣を構えて立っていた。 「ほう。こいつがお前の新しい王子様になった訳か。」 「違・・・っ」 嫌な予感がした。そしてその予感は当たる。 「尻の穴が寂しいなら、そいつに突っ込んでもらえ。」 エイトに、知られた。 「なんだよそれ、どういう意味だよ」 エイトが訝しげに二人を見比べる。 マルチェロが、皮肉な笑みを浮かべた。 「ククク・・・教えてやったらどうだ? お前が寄付金を集めるため、貴族相手にどんな行為をしていたか。」 奥歯をかみ締める。泣き出したい気分だった。 エイトの顔が、見れなかった。 追い出されるように神殿から出る。 女神像は、さっきと何も変わらず、静かに月光を受けて佇んでいた。 「ごめん。俺さっき一瞬、気持ち悪いって思った。」 馬鹿正直な奴。言わなきゃいいのに。 「別に、当然の感情だろ。謝られることじゃない。」 「――でも、情けないだろ。 会いに行こうって言い出したの俺なのに、結局なんの力にもなれなかったし。」 オマケに、余計なことまで知ってしまった。 「俺、ククールの味方になれないかな?」 「じゃあその身体で慰めてみるか?」 「慰めとかじゃなくて!」 必死だ。毛を逆立ててる猫みたいで、なんか可愛い。 「ははっ。分かってるよ。――ありがとな。」 --------------------------------------------------------------- ラプソーンが復活した後、ゴルドの神殿の中で本棚を調べてて思った。 なんで神殿の中に暗黒神について書かれた本が置いてあるんだΣ( ̄Д ̄;) てなわけでマル様のせいにしてみた。