そこはどこまでも続く薄暗い森の中。 なんでこんな所にいるのか、思い出そうとしても何も思いだせない。 僕の居場所はこんなところじゃなかった筈なのに 具体的にどんな場所だったか分からなくて。 何かのヒントになればと、持っていた袋の中を探る。 入っていたのは僅かな食料と薬草だけ。 あとは、ポケットの中に入り込んでいた一匹のネズミ。 僕に懐いて離れないこのネズミが、今は唯一の知り合いだった。 心細くて、不安で。泣きべそをかきながら道を探した。 町か村。人の居るところにいかなければ。 このままうろうろしていれば、夜になってしまう。 モンスターに襲われれば、ひとたまりもない。 通り縋った行列。高貴な人を連れているようだ。 だとしたら、行き先にはきっと街がある。 エイトはこっそりと行列の後を追った。 静かに揺れ続ける馬車の中。 幼い姫は、王である父親の隣で、小さな馬車の窓から移り行く景色を眺めていた。 聡明で優しかった母が流行り病で息を引き取ったのは半月前。 初めて知る深い悲しみに、姫は笑うことを忘れてしまった。 見かねた王は姫を慰めようと、お忍びで川向こうの滝を見に行くことにした。 だがその美しい滝も姫の心を開くことはできなかった。 俯いたままの姫を乗せ、僅かな供を連れた馬車はトロデーンへの帰途を辿っていた。 「トロデ王様、あやしい子供が後を付けて来ているようです。」 「子供?」 父親に釣られて、背中側の窓からそっと後ろを見る。 従者の一人が子供に剣を突きつけて詰問しているところだった。 歳は自分と同じくらい。不安で一杯な目をした男の子。 「貴様、何をしている。子供と言えど答えによっては引っ捕らえるぞ。」 「えと・・僕、なにも覚えてなくて・・・」 「嘘をつくな。どこから来た?名前はなんという?」 「名前は覚えてる。エイト。でも、それしか思い出せないんだ。」 記憶を失ってしまう病気があるということは、聞いたことがあった。 俄かには信じられないけれども、そうだとしたら可哀想な子。 ――ひとりぼっちなのかな―― 「そのポケットの、それはなんだ。モンスターか?」 「こいつは・・・僕のペットです。ネズミです。」 ――ネズミなんて飼ってるんだ・・・。いやだな・・・―― 「ネズミにしては少しおかしいな。見せてみろ。」 兵士が、少年のポケットに手を伸ばす。 「やめろよ、怖がってる。」 「いいから見せなさい。」 強引に服を掴むと、ネズミはエイトのポケットを飛び出した。 戸惑う兵士の足の間をちょろちょろと抜け、馬車の窓から中に潜り込む。 「きゃーっ」 「姫様!」 「お前、なんてことを・・・!姫様はネズミが大の苦手なのだ」 兵士が慌てて馬車の扉を開ける。 馬車の中に入りこんだネズミは、姫の膝の上でちょこんと前足を上げて兵士を見上げた。 再度逃げようとしたが、素早く手を伸ばして尻尾を捕まえる。 「なんて無礼なネズミだ。姫様、もう安心です。すぐに退治しますから・・・」 「あ・・・」 兵士がネズミを両手で掴む。 「やめろ!そいつは俺の友達だ。」 エイトと名乗った少年の声がする。 「待って。やめてあげて。」 「姫・・・」 「怖くないわ。」 ――あの子は、一人ぼっちなんだ。あの子にとっては、このネズミがたった一人の家族なんだ。―― 姫が立ち上がり、震える両手を伸ばす。 「おいで。」 兵士の両手から抜け出たネズミが、姫の手の上に乗った。 手の上に冷たい足がってペタペタと動く。 毛むくじゃらの体がモゴモゴと動いてくすぐったい。 怖くて怖くて、肘から先が人形のように固まっていた。 ――お願い、動かないで―― 祈るような気持ちでそれを見つめながら、腰を浮かし立ち上がる。 肘から先に神経を集中したまま、おぼつかない足でエイトの前まで一歩一歩近づいていく。 「きゃっ」 「姫!」 石に躓いて転んだ姫を、駆け寄ったエイトが支える。 エイトの服を掴む手が震えていた。 「大丈夫?」 「ネズミ、あのネズミは!?」 「僕のポケット。」 ネズミは姫の手から逃れ、エイトのポケットに潜り込んでいた。 「よかった――。」 緊張したいた間に詰まっていた息を吐きだす。 目の端に涙を浮かべ、呼吸を乱しながら、それでも姫は笑っていた。 供の者達が驚きに目を見張る。 王妃が亡くなって以来長らく見なかった姫の微笑みだった。 「ミーティア、その者が気に入ったか。」 いつのまにか馬車から降りていた王が姫に微笑む。 姫は微かに俯いて頬を赤らめた。 「そういえばワシは今までお前に友達を作ってやらなかったな。 丁度いい。エイトとやら、ワシらと一緒に来るがよい。」 「――はい。ありがとうございます。」 「よろしくね、エイト。」 くるりと回って愛らしいお辞儀をする。 「ネズミさんもよろしく。そう言えばこの子、名前は?」 「覚えてない。もともと無かったのかも。」 「そう。じゃあ・・・トーポなんてどうかな?」 姫がエイトのポケットに恐る恐る指を伸ばす。 トーポは、その指の上に小さな手を乗せた。 「気に入ったみたい。」 「良かった。よろしくね、トーポ。」