「タルかったあ・・・。」 生まれたのは双子で両方雄。母子共に無事。 その名の通り、生まれた傍から暴れまわって煩いくらい。 小脇に抱えた籠には、握りこぶし大の串刺しツインズが十数匹。 そこの家のダンナからお礼だといって押し付けられた。 「食えっていうのかよ、コレ・・・。」 時折動くその籠を一番前の机に置いて、本棚へ洗礼名簿を戻す。 並べられている本は、宗教関連のものより学術書が目立つ。 一番下の棚はあのミニデーモンのものらしい。 その中の一冊に目がとまる。 驚いたことに、それはオディロ院長が書いたダジャレの本だった。 やけに古くて焼けたような紙に、柔らかな懐かしい文字が踊っている。 裏表紙に書かれている日付は四十年ほど前のものだった。 愛の章 命の章 大地の章 祈りの章 大して厚みのある物でもないのに章分けされていることに違和感を覚える。 そういえば、マイエラ修道院で見た院長の本はそんな風に分けられてはいなかった。 「あいたい・・・」 頭の文字をとって声に出してみると、不思議とそんな言葉になった。 「その辺の本を勝手に読むとこいつが怒るぞ。」 パラパラと頁を捲っていると、背中にミニデーモンを乗せてマルチェロが帰ってきた。 「この本、修道院から持ってきたの?」 「それは法皇様の遺品を整理した際、発見されたものだ。」 意外だった。さっきの言葉だけではない。 この本には、恋心を暗喩する箇所がところどころに出てくる。 それはまるで。 「ラブレター?」 マルチェロは否定しない。 「昔、お二人がまだマイエラ修道院で共に修行をしていた頃 その仲の良さを揶揄する噂が持ち上がった。 以来お二人は私的な場で会うことを控え、手紙のやり取りなどもしなかったらしい。」 女っ気のない世界では、ありがちな噂。 だが、出世を望むものにとっては、それは致命的な痛手となる。 「それがいつ、どんな目的で、法皇様に贈られたかはわからない。 だが法皇様は、それを大切に保管していた。」 公表されれば、オディロ院長の名に傷が付きかねない。 衝撃的なスキャンダルなのに、それを語るマルチェロの表情ばかりが気になった。 杖の呪縛と戦っていたとはいえ、マルチェロは正気を保っていた。 法皇様を殺したその後で、その人と育ての父の過去を垣間見る。 その時、何を思っただろう。 オディロ院長は、同性愛を過ちだと言った。 そう言わざるを得ない状況に追い込まれていた。 過ちだと自分に言い聞かせていた。 マルチェロ、お前についてよくない噂を耳にした。 お前がククールを欲望の対象としているのではないか、とな。 もちろんただの噂だと思っている。 だが神は、一組の男女の間に次の命を宿すよう定められた。それが、神の意思だ。 もしその道から外れ、穢れた行為に走ろうというならば 私はお前を破門しなければならない。 私は、お前に期待している。 私の跡を継ぐのはお前だと思っている。 お前は、そんなことは絶対にしないと信じているよ。 親と慕う人の言葉は、時として呪縛だ。 意識の一番深いところを縛りつけ、逃れることは出来ない。 だが、その人自身もまた、同じ枷に縛り付けられていた。 もしあそこで、本当の思いを吐露していたら 彼の枷を軽くしてやることが出来たのだろうか。 ベッド代わりに使っているソファの上で、ミニデーモンが目を覚ます。 ロウソクの仄かな灯りの中。マルチェロは、なにやら難しい本を読んでいた。 「あの男は?」 「宿に戻らせた。もう夜だしな。」 「そっか・・・」 言葉は素っ気無いが、その声はいつも通り、穏やかだ。 「ここに泊めてやってよかったのに。」 「寝るところがないだろ。」 項垂れたミニデーモンの頭を大きな手が撫でる。 「お前のせいじゃない。気にするな。」 宿に戻ったククールが荷物を纏めている時、 ふと視線を感じて窓に目を転じると、あのミニデーモンが部屋の中を覗いていた。 「お前、もう出て行くのか?」 「ああ。明日な。」 「行くなよ。マルチェロ様が寂しがる。」 「まさか。あのマルチェロが。」 あり得ないと思った。だがミニデーモンは重ねて言う。 「マルチェロ様が言ってた。お前は想い人だって。」 耳を疑った。俄かには信じられなかった。 「嘘だろ。」 「マルチェロ様は嘘なんてつく人間じゃない。 お前弟なのにそんな事も分からないのか。」 ”想い人” むず痒い程の、甘い響き。 頭から信じるには、その言葉は甘すぎた。 眠れないまま空が白んでいく。 信じてはいけないと分かっていても、否応無しに心は躍る。 待ち望んでいたものの切れ端を掴んだような 幸福な予感と興奮で満たされていた。