「キキーッ、マルチェロ様の教会になんか用か?」 久しぶりに訪れた三角谷の教会。 ミニデーモンが偉そうに胸を張ってククールを迎える。 「マルチェロ様?」 「そうだ。ここの教会の新しい神父様だ。今は奥の部屋にいらっしゃる。」 「ミニモン、誰か来たのか?」 聞きなれた、低い声。 粗末な法衣を着てはいるが、見間違うはずもない。 「兄貴・・・」 その人は、ククールを見て一瞬立ち止まった後、忌々しげに目を細めた。 「何をしに来た。」 その低い声に、柔らかな聖堂の空気がぴんと張り詰める。 ミニデーモンの不安げな視線。 やや反省し、ため息に変える。 「お前はこの場所まで俺から奪うつもりなのか?」 言葉はあの時と全く同じ。だがあの時ほどの鋭さは無かった。 「そんなつもりあるわけ・・・」 「旅人になったと聞いた。」 「知ってたの?」 モンスターの中には羽のある者も多い。 よくよく考えれば、情報は人間達より早いのかもしれない。 そう言えば、マルチェロがここにいるという情報も エイトが呼び出したモンスターから聞いたものだった。 「お前には団長の指輪をやったはずだ。 あれとお前ほどの腕があれば、修道院に戻り、団長になることだってできた筈だ。」 「俺はそんな器ではありません。」 「ふん。面白みのない男だ。」 どっちが、と胸の中で毒つく。 ククールからしてみれば、マルチェロのような仕事人間の方が、よっぽど理解できない。 「まあいい。礼拝に来たなら、冒険の書くらいは書いてやる。」 ククールの横をすっと通り抜け、教壇に立つ。 聖堂騎士団団長に相応しい凛とした挙動は、今も変わらない。 それを追ったククールの前へ、マルチェロが手を延べる。 「あ・・・」 冒険の書はククールのこれまでの行いが全て書かれている。いわば、日記。 「神に告白できないような行いをしてきたということか。」 「そういう訳では・・・」 蔑むようなマルチェロの視線。だが、否定できない。 ククールは、一人でいることに耐えられるような性質ではない。 今だって、一人でいる振りをしているが、 実際は仲間の女性たちを、別の町で待たせている。 「マルチェロ様、こいつロクな奴じゃないよ。 前にこの教会に来た時、こともあろうかラジュに言い寄って来やがったんだ。」 余計なことをと臍をかむ思いだったが、 マルチェロにとっては、今更目新しい事ではないのかもしれない。 いつも通りの鉄仮面でククールを見据えたまま何も言おうとしない。 少し呆れた程度で、どうせそんな事だろうと思っていたに違いない。 「他に用は?」 「あ?」 「祈りに来たわけではないから他に用は無い筈だろう。 用がないなら帰れ。」 「用って・・・俺はあんたに会いに・・・」 「それなら、もう目的は果たしたはずだ。」 ククールは、追い返されるようにして教会を出た。 その夜。 宿の窓から、崖に佇む人影を見つけ、ククールは、そっと部屋を出た。 「なにしてんの?」 「・・・お前か。」 俺の前でため息をつくのは、疲れた時の兄の癖。 「ここ、来ない方が良かった?」 「そうだな。」 義理で否定してくれるようは人じゃないとは判ってたけど、 こうもストレートだと、ちょっと傷つく。 「まだ俺のこと許してくれないんだ。」 「お前が何かしたわけではないだろう。」 「そうだけど、さ。」 俺が生まれたせいで、マルチェロは屋敷を追い出された。 その心の傷は、きっとまだ癒えては居ない。 「気にするな。俺の中の問題だ。」 「兄貴・・・?」 谷を渡る風が、下ろしたマルチェロの髪を揺らしている。 戸惑っているのかもしれない。 恨んできた俺に対して、どう接していいか分からなくて。 「――・・・。」 一人にして置くべきだと思った。 そうすれば、マルチェロも俺も困らない。 今までずっとそうしてきた。 ――でも、それじゃ駄目だったんだ。―― 隣に立ってマルチェロの顔を覗き込む。もう、無視なんかさせない。 「好きだよ。」 意を決して言ってみたが 初めての告白に胸を熱くしているのはククールの方だけ。 言われたマルチェロは、大して戸惑いもしない。 「馬鹿らしい。」 「俺は本気だよ。ずっと探してた。あんたに会うためにここまできた。 いつだって、あんたのことだけを追いかけてた。」 「口説きなれてるな。」 「――それ、妬いてんの?」 「呆れてるだけだ。」 判っていた。 会いたくてここまで来た俺に対し、 向こうは、安らかな暮らしの中で、悩みの種が不意に訪れただけなのだから。